明治4年(1871)、三井八郎右衛門(三井家8代目当主 1808-85)より提出された三井組銀行による「正金兌換証券」製造の願書に添えられていた雛形です。願書によると総発行高は300万円、経費は34,486円とあります。日本では製造できないため、アメリカでの製造を委託するため洋銀(メキシコ銀)換算で29,486円が準備されています。