カラフト島図
長崎オランダ商館の医師で、長崎郊外の鳴滝(なるたき)に塾を開いて西洋医学を教授したことで知られるシーボルト(1796-1866)は、日本滞在7年目の文政12年(1829)、幕府天文方高橋景保(たかはしかげやす)などから国外持ち出し禁止資料を譲り受けた罪で、国外追放処分を受けました。(シーボルト事件)
「カラフト島図」は、事件発覚後シーボルトの所持品から押収された品の一つです。図中に「シーボルト所持品之内より取上候」と書いた紙片が貼られています。間宮林蔵のカラフト探検の成果(カラフトが島であることを確認)に基づいて作成された地図です。