朝鮮通信使として来日した正使以下随員の公式の服装について記したものです。絵図に続けて記載された記事から、文化8年(1811)11代将軍家斉の将軍就任の祝賀のため来日した時の記録であることが推定されます。聘礼の日の服装を正面からと後ろから描いていますが、服地の地紋等は不明とあります。上々官とは通訳、判事官とは通詞、製述官とは文章の起草者といわれています。