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琵琶湖疏水の図

明治16年(1883)11月、京都府から琵琶湖疏水事業の起工伺書が提出されます。内務省はお雇い外国人デ・レーケの実地調査などから、脆弱な工法を補強し、京都府案の倍余の工事費となる内務省土木局設計書を示します。そして、京都府上下京連合区会において、土木局案での議決をとり、さらに伺い出るよう指令します。また、隣接する大阪府・滋賀県に発生する水干害予防の工事費負担も問題となります。連合区会で工事費増額が認められ、明治18年(1885)1月、起工が許可されます。 「公文附属の図」は、本来「公文録」(太政官において授受した公文書を年月別・各省庁別に編集したもの)などに収録されるべきものであるが、形状が「公文録」と異なるため、別に整理したもの。平成10年「公文録」とともに国の重要文化財に指定されました。

  • 琵琶湖疏水工師レーケ氏復命書附属図

    デ・レーケ(ヨハンネス、テ、レイケ)が明治17(1884)2月23日内務省土木局長に提出した「琵琶湖京都間隧道復命書」の附属地図です。
    原図サイズ:99cm×86cm
  • 琵琶湖疏水路図面

    明治18年(1885)1月に起工が許可されたときの、起工許可関係文書に附属する疏水路図です。
    原図サイズ:119cm×187cm